立山土木事務所のあゆみ

| 前史 | 五百石土木出張所の誕生 | 開発の時代 | 充実の時代 |

立山土木事務所が誕生して、約70年がたちました。この間、社会、経済、自然環境も
大きく変わりました。現在までの”あゆみ”をご紹介します。



(1)前史

 1858年(安政5年)の安政飛越大地震により常願寺川源流部の大鳶山・小鳶山が崩壊し、せき止められた泥水が流れ出して土石流となって富山平野を襲い、大被害をもたらしました。 また、立山町や上市町などでは毎年のように河川の氾濫により、大きな被害を受けてきました。

 明治16年、治水問題をきっかけとして石川県から分離独立して富山県が誕生すると、県は直ちに常願寺川の治水・砂防工事に着手しました。
 また、軍事上の理由等から江戸時代には橋を架けることを制限していた常願寺川に橋が架けられました。
 
 大正時代になると県民を苦しめてきた禍の水を電源開発に利用し工場を誘致、日本海側屈指の工業県となる基礎を築きました。


年 代 出 来 事
1858年
  (安政5年)
安政飛越の大地震、大鳶山・小鳶山崩壊による土石流により富山平野に大被害(死者140名、負傷者約8千人)
1869年
   (明2年)
常願寺川に立山橋架設(旧北陸道:水橋町)
1891年
   (明24年)
オランダ人技師デ・レイケが常願寺川上流部を視察。同氏の計画による白岩川の分離、上滝付近の築堤等の改修工事に着手(〜明26年)
1893年
   (明26年)
常願寺川に常願寺橋架設(浜黒崎村〜西水橋町)
1903年
   (明36年)
常願寺川に大日橋架設(利田村〜島村)
1905年
   (明38年)
常願寺川に常磐橋架設(西三郷村〜島村)
1906年
   (明39年)
常願寺川上流部で県営立山砂防事業に着手
1920年
   (大9年) 
当事務所管内初の鉄筋コンクリートによる橋架設(富山市水橋中村町琴平橋)
1924年
   (大13年)
県営水力発電事業により常願寺川で水力発電開始
1926年
   (大15年)
立山砂防事業が内務省(現在の国土交通省)直轄となる


安政5年の土石流で流れてきたもので重さは、推定で140t
(富山市大場)

琴平橋(管内初の鉄筋コンクリート橋)
 

(2)五百石土木出張所の誕生

 富山県は、増大する公共土木工事に対応するため、昭和3年に県内に7土木出張所を設け、このうち五百石町(現立山町)には、五百石土木出張所を設置しました。
 以後、当出張所管内において積極的に道路や橋梁の整備を進めるとともに、河川・砂防事業では、白岩川や上市川の中小河川の改修や早月川の砂防事業に着手しました。


年 代 出 来 事
1928年
   (昭3年)
県出先機関として五百石土木出張所(現立山土木事務所)設置
常願寺川に常願寺橋(木橋 延長365m、町袋〜三郷村芝草)架設
1931年
   (昭6年)
(主〉富山上市線など県道の道路改良に着手
      (本格的な道路改良の始まリ)
1932年
   (昭7年) 
早月川砂防事業に着手。
白岩川河川改修に着手(河口〜水橋川原石政 延長3.5km、〜昭10年)
1936年
   (昭11年)
上市川河川改修に着手(河口〜交観橋 延長4.8km、〜昭18年)
常願寺川に今川橋(木橋 延長346m、水橋町〜浜黒崎村)架設
1937年
   (昭12年)
常願寺川の本宮砂防ダム竣工(貯砂量5百万mは日本一、県が内務省に委託し施工、国登録有形文化財)
1939年
   (昭14年)
常願寺川上流の白岩砂防ダム竣工(堤高63mは日本一、内務省直轄による施工、国登録有形文化財)
1943年
   (昭18年)
雄山町発足に伴い雄山土木出張所に改称
1946年
   (昭21年)
白岩川河川改修に着手
 

(3)開発の時代

 県では昭和27年に全国に先駆けて「富山県総合開発計画」を策定し、県民所得の向上、電源開発、重化学工業等の大規模工業開発に取り組みました。また、経済の高度成長を背景に地域開発を進め、当事務所の管内でも上市川ダム、立山黒部アルペンルート、常願寺川に架かる橋の鉄筋コンクリート橋化など続々と大型事業に着手、完成を向かえました。
 さらに、自動車の普及に伴い、道路の改良を着々と進め、昭和30年には僅か3%だった当事務所管内の県道の舗装率は、昭和50年には約68%までに伸びました。


年 代 出 来 事
1953年(昭28年) 上市町発足(上市町と南加積、山加積、宮川、柿沢、大岩の5村が合併)
1954年(昭29年)  立山町発足(雄山町と利田、上段、東谷、釜ケ渕、立山の5村が合併)
これに伴い立山土木出張所に改称
1955年(昭30年) 県道美女平〜弘法間が開通。立山ケーブルカーと接続
(写真下)
1958年(昭33年)〜     県道における長大橋の架け替え進む
昭33 常磐橋(富山市本郷〜水橋町常願寺、橋長481m)
昭38 立山橋(立山町岩峅寺〜大山町上滝、橋長346m)
昭39 今川橋(富山市横越〜水橋町辻ケ堂、橋長342m)
昭40 大日橋(富山市大中島〜立山町日置、橋長540m)
1963年(昭38年) 「38豪雪」(写真下)
1964年(昭39年) 上市川ダム完成(上市町東種)
1966年(昭41年) 水橋町が富山市に編入
1969年(昭44年)  立山土木出張所から立山土木事務所に改称
県東部で豪雨被害(44災)
1971年(昭46年) 立山黒部アルペンルート全線開通
1974年(昭49年) 白岩川ダム完成(立山町白岩、県内初のロックフィルダム)
1980年(昭55年) 北陸自動車道(富山〜滑川)開通

高原バス(昭和30年、美女平から弘法まで開通)
大日橋(左:旧橋 右:新橋完成時の状況)

昭和38年豪雪(上市町鍵町の県道)
 

(4)充実の時代

 経済の安定成長期に入り、余暇時間の増大、自然環境への関心の高まりから、観光地へのアクセス整備、親しみと潤いのある環境の整備、身近な自然環境の回復などを求める声が高まってきました。
 このため、立山大橋を整備したほか、上市川や大岩川で環境に配慮した河川づくりを進めています。
 また、地域間の交流と連携を強化する幹線道路網の整備、安全で潤いのある河川づくりを計画的に進めています。


年 代 出 来 事
1981年
   (昭56年)
「56豪雪」
1982年
   (昭57年)
称名道路(立山町千寿ケ原〜称名)全線開通
1984年
   (昭59年)
富山県常願寺川公園 開園(立山町利田)
1985年
   (昭60年)
上市川第二ダム 完成(上市町東種)
1988年
   (昭63年)
上市川河川改修 完成(写真下)
1992年
   (平4年)
称名滝歩行者道 完成
1995年
   (平7年)
栃津川放水路 完成
1998年
   (平10年)
立山カルデラ砂防博物館開館、
千垣トンネル((主)富山立山公園線)開通
1999年
   (平11年)
立山大橋完成((主)宇奈月大沢野線、立山町芦峅寺〜大山町原、橋長401m)
2000年
   (平12年)
常願寺川公園内に馬場施設完成 2000年とやま国体秋季大会において馬術競技開催(写真下)
2001年
   (平13年)
利田大橋(仮称)着工((主)富山立山公園線、富山市朝日〜立山町利田、橋長509m)

改修された上市川

常願寺川公園で行われた国体馬術競技(平成12年10月)

称名滝 歩行者道

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