プ リ オ ン

 感染経路   予 防    診 断    滅 菌  


 プリオンという名称は,伝達性海綿状脳症の病原体は感染性蛋白粒子(proteinaceous infectious particle)であり名付けてプリオン(prion)とする説を,1982年にS. B. Prusinerが提唱したことに由来します.
 プリオン蛋白は,動物やヒトのプリオン遺伝子が産生する糖蛋白質で,細胞膜に結合して存在します.プリオン遺伝子が何らかの原因で変異したことによって産生された異常プリオン蛋白や,何らかの経路で外から伝達(接種)された異常プリオン蛋白が正常プリオン蛋白に働いて,正常プリオン蛋白を異常プリオン蛋白に変えていきます.正常プリオン蛋白は合成後代謝されますが,異常プリオン蛋白は代謝されずに細胞表面に蓄積されます.その結果異常プリオン蛋白が雪だるま式に増えていきます(見かけ上増殖したように見えます).
 正常プリオン蛋白は特に神経細胞の表面に多く結合しているため,異常プリオン蛋白も脳内に多く蓄積されていきます.その蓄積によって脳組織がスポンジ状に変化し,脳神経的異常を示していわゆるプリオン病を発症します.
  プリオン病を発症した動物由来の異常プリオン蛋白を実験的に他の動物に接種し,そのプリオン病を発症させる事ができます.通常,感染症を起こす病原体(細菌,ウイルス,その他)は全て自らの遺伝子(核酸)を持ち,その遺伝情報に従った方法で自己増殖しますが,プリオンは核酸を持たない糖蛋白質であり,これまでの細菌やウイルスなどの病原体とは全く異なった病原因子です.

プリオン病(伝達性海綿状脳症)とは:

  プリオンは他の動物に伝達させることができ,脳内にスポンジ状の空胞形成を特徴とする脳疾患を起こすので、プリオンによる疾患を「伝達性海綿状脳症(TSE)」と言い,一般にプリオン病と言われることがあります.

主 な プ リ オ ン 病

 プリオン病は,ヒトおよび動物で知られています

ヒトのプリオン病
病  気 病  因 発生地域など

クールー

伝達性

パプア・ニューギニアのフォア族,現在はほとんど発生なし.

クロイツフェルト・ヤコブ病
  医原性
  散発性(弧発性)
  家族性


伝達性
不明
プリオン蛋白遺伝の変異

発症率100万人に1人(世界各国ほぼ同率)
  1%以下(硬膜移植,医療器具など)
  約90%
  約10%(遺伝性)

ゲルトマン・シュトロウスラー・シャインカー病

プリオン蛋白遺伝子の変異

遺伝性

致死性家族性不眠症

プリオン蛋白遺伝子の変異

遺伝性

新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病

不明(ウシ海綿状脳症が原因か? )

イギリス,アイルランド,フランス,

動物のプリオン病
病  気 動  物 発生地域など

スクレイピー

ヒツジ,ヤギ

オーストラリア,ニュージランドを除く世界各国

伝達性ミンク脳症

ミンク

北アメリカ,ヨーロッパ

シカ慢性消耗性疾患

シカ,オオシカ

北アメリカ,カナダ

ウシ海綿状脳症

ウシ

イギリス,北アイルランド,アイルランド,ポルトガル,スイス,フランス,ドイツ,スペイン,ベルギー,イタリア,オランダ,デンマーク,チェコ共和国,リヒテンシュタイン,ギリシャ,ルクセンブルク,日本,オマーン,(輸入)フォークランド諸島,カナダ,(輸入)

ニアラ,クーズー

イギリス

ネコ海綿状脳症

家ネコ

イギリス,ノルウェー,リヒテンシュタイン

ピューマ

イギリス

トラ

イギリス

サル海綿状脳症

サル

フランス

(1) クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)

 非常にまれな病気で,約100万人に1人の割合で発症しています.50歳代から70歳代に発症する例が多く,記憶力低下,行動異常,痴呆,起立・歩行不能などから全身衰弱などを示し,1年以内(平均6カ月)で死亡します.プリオン蛋白合成遺伝子の異常による遺伝性(家族性)のクロイツフェルト・ヤコブ病(約10%程度)や,医療行為(硬膜移植や手術器具等)で伝達されたクロイツフェルト・ヤコブ病(1%以下)以外の,弧発性(散発性)クロイツフェルト・ヤコブ病(約90%)の感染経路は全く分かっていません.年間の発症率に大きな変動は無く,世界各国とも約100万人に1人の割合で発症しています.

(2)新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(nvCJD)

 1995年,イギリスの16歳と18歳のクロイツフェルト・ヤコブ病患者の初発以後,イギリスで患者が多発し,2001年9月3日現在の確定及び疑いの患者106例が報告されています.イギリスに続いて,アイルランド,フランス,スイスなどで患者が発生しています.症状はクロイツフェルト・ヤコブ病とよく似ていますが,特徴は発症年齢が若いことで,40歳代以下13歳まで知られており,平均年齢は20歳代です.また,発症から死亡するまでの期間がクロイツフェルト・ヤコブ病よりやや長い(平均13カ月)と言われています.ウシ海綿状脳症(BSE,狂牛病)由来プリオンの経口感染が強く示唆されています.

(3) クールー
 パプア・ニューギニアのフォア族が,葬礼儀式で死人の脳を食べたり,皮膚に塗ったりしたこと等によりヒトに伝達し発症したものです.現在は食人儀式をやめたため発生していませんが,食人をやめる以前に感染した人がまれに発症している程度であると言われています.
(4) スクレイピー
 ヒツジやヤギの伝達性海綿状脳症で,その存在は1700年代初めから知られていました.スクレイピーはオーストラリアおよびニュージーランド以外の世界各国で発生しています.ヒツジやヤギがスクレイピーのヒツジやヤギの産後の胎盤(後産)を食べたり,それに汚染した草を食べることによって感染すると考えられています.スクレイピーのヒツジから人への伝達は無いと考えられています.
 しかし,ヒツジにウシ海綿状脳症のプリオンを含んだ餌を与えると,ヒツジはウシ由来の海綿状脳症を発症する可能性があります.ヒツジの臨床症状や通常の検査結果からスクレイピーかウシ由来海綿状脳症かを見分けることは困難です.ヒトの新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病がウシ海綿状脳症に由来する可能性が濃厚になってきたことから,ヒツジを通じてウシ海綿状脳症がヒトへ伝達される可能性も否定できなくなります.従来のようにヒツジは大丈夫と言い切れなくなります.
(5)ウシ海綿状脳症(BSE,狂牛病)
 1986年イギリスで始めて確認されたウシの伝達性海綿状脳症です.スクレイピーに感染したヒツジの臓物や神経組織を含んだ飼料(肉骨紛)をウシに与えたことにより伝達したという説が有力です.さらに,ウシ海綿状脳症にかかったウシの肉骨紛を飼料にリサイクルしたためウシの間に広がったと見られています.また,肉骨粉を含んだ飼料を与えられていた動物園のウシ科やネコ科の動物や,ペットのネコでも発症した例が報告されています(イヌでは報告されていません).ウシ海綿状脳症は人間が作り出した病気と言えます.
感染経路:
 クロイツフェルト・ヤコブ病は,硬膜移植や手術器具を介して伝達された例はありますが,弧発性クロイツフェルト・ヤコブ病の感染経路は全く分かっていません.ヒトからヒトへの感染は知られていません.
 ヒトのクールーや新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病および動物の伝達性海綿状脳症の感染経路は経口感染と考えられています.正常プリオン蛋白は動物種によって特異性があり,通常は生物の種の壁を越えて伝達されないと考えられていました.しかし,伝達性ミンク脳症やウシ海綿状脳症は,スクレイピーのプリオンが何らかの原因で種の壁を超えて伝達されたと考えられるようになりました.さらに新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病はウシ海綿状脳症に由来する可能性が疑われています.
予  防

 クロイツフェルト・ヤコブ病の決定的な予防方法はありません.医療行為(前出) からの感染を防ぐための十分な注意が必要です.新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の予防には,感染動物の脳や骨髄等のほか,プリオンに汚染された部分を食べないことが重要です.

診  断
 プリオン病の診断は発症した動物の臨床症状で診断します.プリオンの検出は屠殺あるいは死亡した動物の脳の一部を採取し,免疫学的に酵素抗体法(エライザ法) やウエスタンブロット法で検出します.
滅  菌

 プリオンは抵抗性が強く,一般の病原細菌やウイルスのように加熱調理では死滅しません.実験室で使用している通常の消毒剤や滅菌方法でも不活化しません.可燃物は焼却します.プリオンに汚染した材料や器具の滅菌は,132℃〜134℃60分間の高圧蒸気滅菌または3〜5%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)に浸漬して5〜10分間の煮沸,加熱できないものは5%以上の次亜塩素酸ナトリウムまたは2規定以上の水酸化ナトリウムに2時間以上浸漬する等の方法があります.

(ウイルス部)

 

参考資料:

(1)上記ホームページから引用した資料.

(2)スローウイルス感染症とプリオン病,山内一也,医科ウイルス学(大里外誉郎編)改訂第2版,南江堂,439-447,2000.

(3)牛海綿状脳症及び変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の最近の現状,小野寺節,臨床とウイルス,29,87-95,2001.

表紙に戻る