我々は本当に豊かか?PLIに見る富山県の暮らしと未来
(連載第2回)
計画課 上田祐紹
前号では、PLI(新国民生活指標) に映し出される本県の「豊かさ」が、総合順位で当初の第1位から平成9年には第5位まで落ちてきたこと、PLIの個々の指標を追うと、富山県の暮らしの姿が、良い意味でも悪い意味でも明らかになって行くことを見てきた。
連載2回目となる今回は、本県の最も不得意な部分、ゆとりのある生活を楽しみ、人との交流を通じて生活を豊かにしていく部分に踏み込む。
そして、既に欧米水準に達した住宅水準など恵まれた環境を持つ本県にとって、今、何が課題であり、誰がそれを為すべきかについて明らかにする。
第2章 PLIに見る富山県のライフスタイル(1.から4.は前号に掲載)
5 富山に学ぶ ― となりの子はうちの子よりよく見える ―
教育に対する関心は大変高く、教育熱心な県であるが、学歴偏重で、世間体を重視する県民性がある。
親の強い学歴への関心と県外志向は、逆に、子供達の郷土への愛着を失わせ、強い束縛意識のみが残る。
大都市圏へ進学した若者達は、多額の仕送りに守られて都市生活を謳歌するが、そこで見た優れた都市機能(娯楽性、価値観の多様性)は、第3次産業に弱い本県では得ることが難しく、また、就職の選択の幅が狭いことから、富山県に戻ってこない。
社会人の学習の面でも、自由時間の使い方が上手とは言えず、全国有数の図書館、博物館施設など優れたストックを有効に活用することが重要である。
富山県が教育県と言われる理由として、一般的には上級学校(大学、短大、高等専門学校)への進学率の高さが指摘される。
(大学等進学率・・6位、大学院進学率・・8位)
しかし、全国的に見て、富山県の教育の特徴は、県内に大学等の上級学校が少ないことに比して、これらへの進学率が極めて高いことである。
(大学等の収容力指数・・41位、県内大学の収容力に比した進学率の高さ・・3位)
そのため、進学者の多くは県外大学に進まざるを得ず、相対的に、県内大学への評価が低くなっている。(「富山大学をバカにする富山県民はバカだ」・・平成6年3月の「富山に対する意識調査」(以下、「意識調査」という)より)。
「学ぶ」環境の観点から県民の意識を見ると(表2)、「教育熱心な県民性」など本県の現状を評価する意見より、「世間体を重んじる県民性」や「受験重視の教育」、「教育熱心な県民性」など、批判的な意見が多い。
「教育熱心」で、「世間体」を重んじる県民性のもと、「受験重視」の教育を叩き込まれた子供たちは、「閉鎖的」な本県を抜け出すという意識で県外に流出し、本県にはない都市的賑わいや、都会的な匿名性の心地よさを味わい、その結果、本県へは戻ってこない。
教育課程で、「受験重視」の余り、修学旅行などの社会勉強を軽視する教育を進めてきた点も問題である。(本県は、県立高校普通科に修学旅行が無い希有の県である。)
郷土理解を深めないまま、学校を予備校代わりに勉強を続けた子供達には、県土への愛着は生まれない。
県外へ流出した若者が本県に戻ってこない現状についての県民意識を見ると(表3)、行政対策が必要と考えている県民は少なく、我々県民自身の意識改革を指摘する割合が高い。
したがって、県内に魅力ある上級学校を整備すること(定員増、魅力ある多様な学科の創設等)が必要という面では行政の役割があるが、県民一人ひとりが学歴偏重の県民意識、「となりの子供が気になる」意識を変革していくことも極めて重要ではないかと考えられる。
本県の親が県外へ進学した子供達へ託す思いは、仕送り額に象徴されている。家計調査に見られる本県世帯の仕送り額は、全国平均の3.2倍で、頭抜けて全国トップ、北陸3県で比較しても、石川県の2.2倍、福井県の2.9倍にのぼる。
親の期待は、お金の形で現れるが、その期待が子供達にとっては、束縛感として映るのは、悲しい現実である。
社会人の学習の場を考えた場合には、本県は図書館数や博物館数など施設面では、全国有数の水準にあるにも関わらず、例えば(表2)に見られるように、図書館に対する県民の評価は決して高くない。
(図書館数・・1位、博物館数・・2位、成人一般学級講座数・・18位)。
一般書が多いが専門書が少ない図書館、郷土資料的な収蔵品が中心で、リピーター創出力が弱い博物館など、県民のニーズを満たしていない施設の質の問題があるが、余暇時間に対する県民のライフスタイルにも問題がある。
本県は、趣味・娯楽の時間が全国トップクラスであるが、それらの時間を、園芸やテレビ視聴などで費やす割合が高い。これは、趣味・娯楽の活動の場が「家」を中心になされていることを示している。
PLIでは、書籍・雑誌等の消費支出割合が全国最下位であったが、家計のうち「こずかい」から支出されている分を加味しても全国下位クラスであり、基本的に我々は、本をあまり読まない県民であると言うことができる。読書とテレビ視聴はトレードオフの関係(相反関係)にあり、家に閉じこもりテレビばかりを見て余暇を過ごしている姿に私は一種モノ悲しさを感じる。
(家計に占める書籍・雑誌等の消費支出割合・・47位、衛星放送受信契約者数・・2位)
6 富山で費やす ― 消費は微得なり ―
形として残るモノ(例えば住宅)を評価する県民性から、消費支出、特にサービスや外食など、娯楽性・選択性の強い要素への消費が弱い。
共働きの結果、世帯の所得は多いが、それを生活の豊かさ、心の豊かさに結び付けることができない、堅実であるが反面不器用な県民性が見えてくる。
また、魅力的な消費構造は、本県商業サービス水準の低さへの不満感から生まれるものではなく、我々消費者が、良い商品、サービスを選別する厳しい目を持ち、育てていくものであろう。
「目に見えるものには金を出すが、見えないものには金を使わない」。富山県民は、「家」を象徴とした形ある物、特に耐久材を重視する傾向にある。
個人破産や生活保護世帯が少なく、消費者物価水準も安定しているという意味では、家計をめぐる環境は悪くない。
(個人破産件数の少なさ・・7位、生活保護世帯比率の低さ・・3位、消費者物価地域差指数の低さ・・23位)
しかし、「モノ」に対する負債と、多額の教育費(家計支出の中では、「教育費」と「仕送り金」の合算額として現れる)に手厚い支出をする一方で、サービスへの支出割合は極めて低い。
(サービス支出割合・・45位)
これを、サービス産業を代表する商業について見ると、県内には小規模の小売店は多数あるが大型小売店が少ないなど、全体的に営業効率が低いこと、産業構造の第3次産業へのシフトが遅れていること、県民の目に見えないもの(サービス消費)への価値観が低いことが指摘できる。
商品の面でも、日常の生活に使用する耐久材、消費財を“生活感商品”とすれば、パーティーグッズやお洒落な小物など、非日常的な“生活不感商品”の品揃えが少なく、商品の厚みの無さが感じられる。
(小売店数・・2位、大型小売店数・・35位、商店1店当りの販売額・・32位。県内総生産に占めるサービス業割合・・41位)
また、外食への消費支出も低調であり、家計に占める支出割合は全国最下位クラスである。
外食産業に限らず本県のサービス業における接客サービス水準の低さについては、県外の旅行者を中心に従来から指摘されているところであり、大きな要因と考えられるが、そればかりでなく、飲食店数こそ全国中位であるが、飲食店従業員数が全国最下位クラスであるなど、従業員の少ない比較的小規模の営業店舗が多く、ファミリーやグループのニーズに応えていないことがあげられよう。
人口一人当りの従業員数で比較すると、本県は東京都の3分の1、隣県石川県の8割程度となっている。これは、飲食店における主要な労働力となる大学生が少ないという本県の特性にも関係していると考えられる。
また、三世代同居世帯が多いため、外食をせず家において夕食をとる家庭が多いことも原因となっている。外に出る機会が少ないという意味ではここにも、ある種の閉鎖的な県民性が見えるということができよう。
(外食支出割合・・46位、飲食店数・・27位、飲食店従業員数・・37位)
週末になると、県西部を中心として多くの県民が県境を越えて金沢市に買い物に行く姿が見られる。これを受けて、「本県には魅力的な商業サービスが少ないから仕方がないじゃないか」という見方もあるが、サービス産業は、そこに暮らす住民が育てるものであることを忘れてはいけない。
金沢市に魅力のある商品が多いとすれば、それは、伝統文化の裏打ちがある、働き手となる大学生が多いというばかりでなく、商品にこだわり、良いものを正当に評価する住民の姿勢があり、大企業の北陸支店が集中しているなど、最新のセンスを求める厳しい目があることが重要な要素となっている。
7 富山に遊ぶ ― 余り遠くまで遊びに行っちゃダメよ ―
県民は、勤労・勤勉を美徳とする反面、娯楽や遊びを評価しない。この裏には、本当は遊びたいが、世間体が悪いという意識がある。また、遊ぶ場を求めているが、積極的に創造していこうという姿勢が見られない。
余暇活動も、庭づくりやテレビ視聴など「家」を中心とした活動や、町内単位の活動など、狭い範囲に限られる傾向にある。
豊かな自然を、県民共通の庭としたアウトドアレジャーなど富山ならではの娯楽を拡大するとともに、商店の営業時間の延長、都市機能の集積など、都会的な娯楽空間を積極的に創造し、「遠く」まで、「遅く」まで遊ぶことを普通と感じる風土を作っていく必要がある。
我々県民は、共働き率が高い、高校進学率が高いなど、勤労・勤勉を美徳とする反面で、娯楽、遊びなどを余り重視して来なかった。
(教養娯楽費への支出割合・・44位)
しかし、我々は、それほど生真面目で面白味のない県民なのか。
平成7年に、21世紀への県民の夢を募集する「200X年 県民が燃えるプログラム提案募集」を行い、県内外から2370件に上る提案が寄せられたが、それらの8割は県内からの提案であった(表4)。
その提案内容を見ると、レジャー環境の整備(ディズニーランドのように子供から大人までが日常を離れて終日楽しめるテーマパーク、遊園地など)や新たなイベントの開催、魅力ある都市の形成などに多くの夢が寄せられており、我々県民は遊ぶ場を切実に求めていることが分かる。
確かに、我々の周りには、伝統的な娯楽施設・余暇施設である劇場、ホールや映画館などは、多数あるが、比較的新しい余暇ニーズであるカラオケ、ビデオレンタル、温泉めぐりなどの関連施設では、全国中位以下である。
また、県内の遊園地を見ても、設備の老朽化が目立ち、来場者が減る中で、大川寺遊園地のように休園してしまう施設まである。
(劇場・音楽会場等数・・4位、常設映画館数・・3位、カラオケボックス室数・・37位、ビデオレンタル店数・・25位、利用源泉数・・31位)
しかし、与えられる物を待つ姿勢だけでなく、我々自身が、遊ぶ場を発見し、創造していく姿勢も重要である。
図3は、県民がどのようなレジャースタイルに関心を持っているのか、全国と比較したものである。どのレジャーについても、我々の関心は、全国を下回っており、遊びへの積極性に欠ける、遊び下手であることが分かる。特に、「美食」、「交流・会話」、「贅沢感」を重視しない点は、前項の県民の消費性向にも相通ずる不器用さを感じる。
県民は、余暇・娯楽活動の阻害要因として、休暇が自由に取れないことを最大の理由に挙げているが、実際の自由時間は、全国トップクラスであり、時間の不足というより、遊び下手であることに気付いていないといえる。
(趣味・娯楽の週平均時間・・9位)
<余暇時間の阻害要因意識の第1位「休暇が自由に取れない」(平成2年富山県調査)>
県民の余暇活動への参加状況を見ると(図4)、本県は、園芸、キャッチボール、日曜大工など、「家」やその近隣で行う娯楽の多さに特徴があり、「サウナ」、「スキー」を除けば、都市的娯楽・行楽的娯楽ともに、全国平均を大きく下回っている。
家、あるいは、近隣地域から外へ出て、我々自らが新たな娯楽、レジャーを発見していくことが、必要であり、例えば本県の豊かな自然環境を生かして、アウトドアレジャーに積極的に参加することも有意義である。
遊ぶことは何より自分にとって楽しいことであり、決して怠けることではない。町や関連産業を活性化し、地域の魅力を向上させていくために欠くことのできない要素であることも認識すべきである。
8 富山で交わる ― 動かざること富山のごとし ―
富山県は、三大都市圏からほぼ等距離にあるが、一方でそれは、どの地域からも遠距離であることを意味する。
また、三方を山に、一方を海に囲まれた地形は、地勢的にも閉鎖的であるだけでなく、実際、県外との人の流れ、情報の流れがともに少ない県である。
一方で、外との交流が低調な反面、地域社会の結びつきは強く、若者たちに強い束縛感を与えている。
環日本海時代の中核拠点を目指す本県としては、異なるものを受け入れる懐の広さと、温かいホスピタリテイを持った県民へと我々自身を変えていかなければならない。
富山県は三大都市圏からほぼ等距離にあり、それを評価する面もあるが、一方で、どの地域からも遠距離であると言える。
また、三方を山、一方を海に囲まれた閉鎖的な地形の中で、県外との人の移動(社会移動)は、極めて低調であり、また、マスメディアなど、県民が受信できる情報量も少ない。家に閉じこもりがちなことと併せて、文字どおり閉鎖型社会を形成している。
(1日交流可能人口・・36位、1人当り選択可能情報量・・37位、県内転入率・・42位、県外転出率・・45位)
他方、東西90km、南北70kmのコンパクトな地形の中で、高水準の道路整備、高いマイカー普及率、そして主要都市までのアクセスの面で30分交通圏を実現しつつあるなど、県域内に関しては利便性の高い県土構造となっている。
(高速道路供用延長・・9位、一般道路舗装率・・6位、セカンドカー普及率・・11位)
しかし、この利便性は、職場・学校と家庭という、点と点を結ぶ上のものであり、それらのネットワークの中間で、新たな交流を生み出す要素に乏しい。
外との交流が乏しい反面、家庭の近隣地域における結束は強く、社会奉仕活動など地域活動は活発である。これらは、地域の行事、冠婚葬祭や近隣意識に支えられた伝統的コミュニティである。
(老人クラブ加入率・・1位、地域婦人会加入率・・1位、児童クラブ組織率・・4位、公民館数・・10位、高齢者の子供との近住率・・15位)
こうしたコミュニティの利点は、結束力が強いこと、地域に伝わる祭礼など伝統的なものを守りやすいことがあげられるが、反面、都会的な匿名性がないこと、自主性が育まれにくいこと、新しいものを生み出す力に欠けていることなどの欠点を併せ持つ。
特に、自己実現の欲求の強い若者たちからは、束縛型社会として嫌われるところともなる。
社会的活動の面から見ると、上記の地域コミュニティが支えとなり、社会奉仕活動や社会貢献意識が高く、まじめな県民性の良いところが発現している。
(奉仕的活動時間・・16位、献血者数・・13位)
今後は、このコロニー的にまとまっているコミュニティ組織を、いかに開放的なものにし、本県全体に広がりを持たせ、新たな交流の可能性を見出していくかが課題となる。
環日本海時代を迎え、本県は日本海側の中核拠点として、幅広い交流を国内外に求めて行かなければならない。そのためには、異なるもの(文化、人種、意識)への寛容さと温かいホスピタリティが重要であり、開放的な県民性に我々自身を変えていく必要があると言えよう。
第3章 新しいライフスタイルを求めて
1 富山県を上手に使う4つの方法
富山県は、豊かな自然環境や居住環境という活動条件に恵まれているが、それを十分に活用していない「下手っぴ」な県であるという分析がある((株)電通「生活大国指数‘96研究報告書」)。
確かに第2章で見たとおり、富山県は、優れた環境を持っているが、環境に埋没している面があり、生活の総ての分野で積極的な働きかけが弱いように見える。
それでは、上手な本県の活用方策はなにか。
第2章に現れた本県のキーワードを整理すると、表5のとおりとなる。
家本主義社会 → 豊かな住宅環境、住居への過大な投資、住宅ローンの大きな負債、「家」中心の余暇生活、無口で排他的な精神風土
学歴偏重社会 → 高い進学率と学歴志向、県内への卑下と県外への強い憧れ、孤独な心(登校拒否)、親の過大な期待と仕送り、少年非行の多さ
県民総労働社会 → 安定した雇用環境、全国一の世帯収入、選択の幅の狭い職場、流動性の低い労働市場、職場に駆りだされる主婦たち、働き過ぎによる高い成人病死亡率
世間体社会 → 立派な家・亭主・子供、家庭に隠される福祉
遊び下手社会 → 都市的娯楽の欠乏、遊び環境への強い憧れ、積極性の無い遊び心、豊かな自然環境の活用下手
コロニー型交流社会 → 高い社会団体組織率(老人クラブ、婦人会、児童クラブ等)、社会奉仕意識の高さ、地縁性の強い伝統的・閉鎖型コミュニティ
第1には、上手な「家」の活用を提案したい。表6に整理したキーワード総てに共通するポイントは、「家」である。全国トップクラスの水準を持つ住居は、豊かな居住環境を保障する反面、生活の上でも、精神の上でも我々県民を束縛している。
世間体の良さを中心とした「家」づくりを、快適性を中心とした「家」づくりに転換していくことを提案したい。
例えば、座敷を立派にするのではなく、居間を快適にする。生け垣や塀をめぐらし、“ミニ山水”を庭に造るのではなく、芝生張りの開放的なコミュニティ空間を造る。これによって、家計の負担が軽くなると同時に、庭でパーティが開けるなど、ライフスタイル自体が変わってくる。また、それぞれの家の庭が外に向かって開放されることで、通り(ストリート)が、住民共通の庭として潤いに満ちた空間として蘇る。
第2には、豊かな自然環境の活用を提案したい。家に閉じこもるのではなく、全国有数の自然環境を活用し、アウトドアレジャーや観光など、積極的に地域資源を活用していくことが必要であり、そこに、新たな交流も生まれてくる。
第3には、遊び空間の創造を提案したい。レジャー施設など、外から与えられる空間も必要であるが、我々個々人が、余暇時間を過ごす“自分の居場所”を創っていくことも必要である。
家に閉じこもることなく、できるだけ遠くへ、できるだけ遅くまで遊ぶ方法を各自で考えていく。
それにより、自己実現の場が見出されるとともに、商業・サービス業や賑わいなど、新しい産業分野や都市機能が開拓され、若者にも魅力のある地域へと生まれ変わっていく。
第4には、富山を愛することを提案したい。我々県民は、人・情報の交流が少ない反動として、外への憧れが強すぎる。優れた居住環境に恵まれながら、自らを卑下し、県外、特に大都市圏への憧れが強い。PLIが目指している「豊かさ」とは、決して、小東京を全国各地に作っていくことではない。
国民自身が、そして諸外国からも我が国の豊かさは本物でないと映っている中で、本県は、もしかすると、国際水準の豊かさに最も近い県かもしれないのである。
国際的に見て、富山県の豊かさのレベルはどの程度であるのか比較をしてみよう(表6)。
これらの指標を見ると、住宅、乗用車、道路、図書館などのインフラの面では、本県は、全国水準を大きく上回り、欧米水準に迫っていることが分かる。
特に、住宅については、米国には及ばないものの、ドイツやフランスを抜いて、極めて高い水準にあることが指摘できよう。
また、余暇時間についても欧米と遜色なく、失業率が大きく下回っているなど、安定した雇用環境にある。しかし、共働き世帯が多い結果、高齢者の就業率が高く、これは、わが国の価値観からすれば優れた点と言えるが、リタイアをむしろ美徳と考える欧米の価値観に基づけば、働き過ぎということができる。
本県が全国と比較して悪い指標を見ると、交通事故発生件数は、米国並みに悪い。また、乳児死亡率は、全国と比較すれば悪いが、欧米との比較ではそれほど悪くない。
また、高齢化率が高い人口構造と、大企業の本社機能が少なく、製造業が中心の産業構造により、物価水準を考慮した(購買力平価を使用)本県の一人当りGDPは高くないが、イギリス、フランス程度の水準にはある。
そのイギリスと、教養娯楽費など、余暇関連の家計支出額を比較すると、本県の支出は、イギリスの半分程度であり、余暇時間の使い方と、余暇関連産業への波及効果の相違をここに見ることができる。
以上を分析すると、本県の居住環境の豊かさ(インフラ)は、国際的に見てもかなりの部分で本物であり、「住みよい県」から「住みたい県」へ移行し、県民が真の豊かさを実感できるためには、実は我々自身の意識、ライフスタイルに多くの課題が残されているということができる。
3 FとMの変革を
最後に、我々が目指すべき社会像を提言して本論を締めくくりたい。
(1) Fの変革:Fix(固定)型社会からFlow(流動)型社会へ
今の富山県社会を譬えればFix型社会である。この社会は、「家」を中心とした狭い地域に心と体を閉じ込めた閉鎖的なコミュニティ、高学歴が幸せに繋がるという固定観念、終身雇用に裏打ちされた固定的な就業環境、堅実な県民性から成立している。固まり過ぎているがゆえに、安定感はあるが、面白味が無い。
望ましい社会、それはFlow型社会である。心と体を「家」、「地域」という呪縛から解放し、伸び伸びと個人の価値観を花開かせる社会である。ホスピタリテイ溢れる開放的コミュニティ、高い社会移動率、自己実現のための転職が奨励される高い雇用流動性、冒険と変革を尊ぶ県民性などが、21世紀の新しい時代を象徴する。
(2) Mの変革:Mono(単一価値)型社会からMulti(多重価値)型社会へ
「家」や形あるもの、モノを重視する社会、それがMono社会である。そこでは、価値観は単一であり、世間体を気にし、型にはまった人生設計を促す本県の社会はこれに当たる。
また、生活のリズムが単調であり、家と学校・職場を往復するだけで、その中間で付加価値の生まれない1サイクル型の社会である。
望ましい社会、それは、Multi型社会である。そこでは、多重的な価値観をお互いに認め合うことが重要である。飛びぬけた個性が容認されるゆとりある教育が行われ、余暇生活等を通じて生活の多様性が確保される。“勤勉”ではなく、“勤遊”が重視され、暇があれば努めて遊ぶことが重要である。
生活のサイクルも、家と学校・職場の間では必ず道草をする、家に帰ってもすぐ外に出かけて別の自分を演出するなど、マルチ・サイクルのリズムを刻むことが大切である。
(3) MとFの共生:Male(男性)型社会とFemale(女性)型社会の共生
近年、男性の女性化が指摘されている。女性的な服装、化粧、活動などが街に溢れている。
それは、うわべの女性化であるが、女性型社会は、着実に我々の生活の中に浸透しつつある。
女性型社会の特徴は、「実力主義(男女雇用均等)」、「ソフト重視」、「余暇・生活優先」であり、そこで中心をなすのは、「感性優先」、「バリアフリー」、「歩行者優先」など人に優しい社会である。
一方で、従来の男性型社会の特徴は、「年功序列」、「ハード重視」、「仕事優先」であり、そこで中心をなすのは、「機能優先」、「健常者優先」、「マイカー優先」など仕事に優しい社会である。
仕事優先の社会が限界に来ていることは周知の事実である。
また、近年の少子高齢化時代の進展の中で、年少者から高齢者までが、ゆとりを持って、生活を楽しみ、生きがいを持って暮らせる社会、そしてともに責任を分かち合う社会が求められている。
人に優しい女性型社会は、街づくりへのデザイン性・快適性の導入、商品の高付加価値化、産業構造のサービス化、社会奉仕活動への積極的参加など、時代のニーズに適合している。
PLIに表れる本県の特性は、全国的に見て、男性型社会から女性型社会への移行が遅れていると捉えることもできる。
その意味で、従来の男性型社会と新たな女性型社会が競合し合うのではなく、調和をもって共生することこそが重要であろう。
1958年井波町生まれ。県民生活課、高岡出納室、企画調整室、税務課、第11回国民文化祭富山県実行委員会事務局を経て、現在、計画課主任(富山県の21世紀構想及び200X年県民が燃えるプログラム事業を担当)。趣味はパソコン、将棋、スキー、ゴルフと物理屋。