自分にできる自分にあった活動、それがボランティア。気負わず、無理のないボランティア活動のススメ。
これがボランティアなの?
今盛んに「ボランティア活動」という言葉を耳にします。私自身もその関係でここに書かせていただいているわけですが、「どんな活動をしてきたの?」とまるで偉業を成し遂げたかのように問いかけられると、むずがゆい気がします。 私がレクリエーションを中心に活動していた時の仲間は「相互扶助や助け合い」を軸にしてお互いが力を出し合って、思いやりと協力で支え合って活動していたと思います。そこには、奉仕とかボランティアという言葉はなく、それが当たり前で、さらにそれが私達の楽しみ、喜び、充実感ですらあったのです。その私達グル−プの長年の活動がボランティア活動と評価され、その結果「全国ボランティアフェスティバル」で、厚生大臣表彰をいただいたことであらためてこれがボランティアなのかと気付かされたぐらいです。
わくわくするライフワーク
大学時代、私はレクリエーション活動を中心に愛知県豊田市の小学生のスポーツ指導、公民館等での児童会、子供会のゲーム指導、福井県織田町のキャンプ場でのキャンプカウンセラーなどキャンパス内外での指導、企画等の活動をしてきました。「やってみようかな」という軽い気持ちで始めたことでしたが、結局大学時代のライフワークの大半を占めていました。そのような活動を通じて、世代、性別、職種に関係なく、人と共に何かをつくったり、協力して何かを成し遂げることの楽しさや充実感、学ぶことの大切さを知りました。
活動は実行して初めて意義があること、またボランティアの気持ちは、それぞれの心から自発的にわき上がってくるもの、他から強制されるものではないことや、困っている人や援助を必要とする人に対して何かをしてあげるという自己満足のためにすることでもないことなど、そしてそれがボランティア活動であることも知りました。
また私達の活動は援助活動ではなく、専らレクリエーション活動だったわけですが、関わった人たちの笑顔を見るとまた次もやりたい、他にも何かやってみようと胸をわくわくさせるようなときめきを覚え、生き甲斐のようなものを感じるようになりました。その中で「やらないで考えているくらいなら、やってみてそれから考えてみよう」と強く思うようになりました。それから次第に積極的に情報を集め、参加するようになり、自分はどこまで社会や人の役に立てるだろう?人間性をみがいて自分はどこまでたどり着けるだろう?といったチャレンジ精神もでてきたように思います。
ボランティア活動は私の踏み切り板
そんな私達グループの中には聾唖者のボランティアグループに入り手話を学んで活動の幅を広げ、それを生かして養護学校の教員になった人や、スポーツ指導を生かしてそのまま教室を開いたりと、私を含めてボランティア活動がそのままボランティア自身の将来の職業選択の跳躍板になっている人も少なくありません。
踏み切った先の跳び箱
最近は社会の中での理解が広がり、ボランティア活動というものが以前より受け入れられやすくなってきたように思います。これは産前・産後休暇、育児休暇があることで女性が仕事を続けやすくなったように、ボランティア休暇等が導入されたことで、参加してみようという気持ちさえあれば容易にボランティア活動に参加できる「環境」が徐々に整えられてきているのだと思います。しかし大学時代と今とでは自分で自由に使える時間に大きな違いがあります。わざわざお金や時間をかけて身構えてすることでもない活動なのですが、教員として勤務し始めた現在は以前ほどボランティア活動に時間を割いて参加するということがありません。参加したいという気持ち、意欲は前以上にあるのですが、部活動の顧問になり放課後や日曜の練習、教師1年生の研修等に追われて時間的に余裕がないというのが現状です。
少し離れて見てみると
今までの私はとにかく実践、行動派でしたが、それだけでは偏った理解に陥ることもあり得ると思ったことがあります。以前国立能登青少年の家で主催された「ボランティアのつどい」に参加させていただいたときのことです。私は障害者の方々と普通に接することができるのか不安でした。何をしたらいいかわからない、それは私の障害者の方への知識不足からくるものでした。そしてなにもかも協力してあげること、そうすることがボランティアだと思っていました。恥ずかしい話です。「助けてあげたい」というのは健常者の思い上がりで、障害者の方にとっての助けとは、あくまでも自分でできるように協力してあげることだったのです。「思いやり」が「思い上がり」になっていた私は講義を聴いてボランティアの意義について、また障害者の方々と行動や経験を共にしたことで障害者に対する理解をより深めることができました。そういったことを通して、体力や気力だけでなく頭も使えるようにボランティアへの正しい知識、理解をもたなければ正しい活動、適切な援助はできないと思いました。「まずやってみよう」だけではだめだということです。
とび方を変えたら・・軽く飛べそう!!
社会へのボランティア参加ばかりを考えていた私でしたが、私の勤務校高岡市立五位中学校は生徒会を中心に大変ボランティア活動が盛んな学校です。1学期には学校近くの西高岡駅周辺の清掃を行う「西高清掃」があり、生徒の自主参加でありながら自分達の町をきれいにしたいという気持ちから毎年90%近くの参加があり熱心に取り組まれています。また夏休みには廃品回収を行い、本当に生徒達が身構えることなく、日常的なまさに普段着の援助活動を行っています。その学校教育の一環としてのボランティア「なすことによって学ぶ」活動を生徒と一緒にする中で私自身も勉強させてもらい、今後もいろんな形でいろいろなボランティア活動に参加していきたいと思っています。
大きなボランティア活動に参加するだけがボランティアではなく、「こうしたらもっとよくなるんじゃない?」という気持ちさえあれば、私達の周りにはいろいろなボランティアがあると思います。家の前の草むしり、公園に落ちているゴミ拾いなど、簡単なことなんです。「これがボランティアだ」と身構えなくてもよいのではないでしょうか。
自分にできる自分にあった活動それがボランティアであり、その活動をたくさんの人が行っていけば私達の社会はもっと住み良く、私達の心はもっと豊かになっていくと思います。
1970年富山市生まれ。現在、高岡市立五位中学校教諭。大学時代レクリェーション部に所属し学校内外でのゲーム指導、小学生の体育指導、キャンプカウンセラーなどのボランティア活動を行う。