「豊かさ」日本一とされる富山県。 しかし、県民の間からは、そうした実感がないとの声も聞かれる。本稿は、そうした乖離の原因を、の三点に求め、そこから、富山県の未来を考えていく際の重要なファクターを抽出し、提示するものである。本県の現在を評価し、過去を照射し、そして未来を展望する第一弾。
- 当たり前の豊かさ
- ハードの豊かさ
- 旧来の豊かさ
さて、富山県は住みよさや豊かさの点で日本一と言われていることがよく伝えられます。もっとも県民の方々の間には、御存知ない方も結構おられ、「実感がないちゃー。」との声もよく聞かれるところです。
そこで、住みよさとか豊かさとかいう評価がどういうところから来ているのかを、まずは検証してみる必要がありそうです。ここでは、最も良くとりあげられる経済企画庁の新国民生活指標(平成8年版)(表)に即して眺めてみましょう。
こうした評価に、特に私のように県外から来た者にとっては納得できる点が多いものの、「遊ぶ」分野での全国第5位をはじめとして、特に若い人からは疑問の声が上がっていることも事実です。
そこで、こうした客観的数値と、県民から聞こえてくる、住みよさ、豊かさの実感のなさとの乖離の原因は、一体どこにあるのでしょうか。
(1) 当たり前の豊かさ
まずは、県民の方が、本県の豊かさを子供の頃から当たり前のこととして暮らしてきているということです。
本県の人々の社会移動率が例年極めて低いことに表れているように、人の出入りが少なく、交流に乏しいのが本県の特色です。平成6年の数値(表)で見ると、
こうしたことを見ると、本県では、異質なものとの出会いの機会が少なく、交流を通じて自らを他者と比較して見る機会に恵まれていないのではないかという感じがします。
日本にずっと住んでいると、我が国が今や世界に冠たる経済大国であるという実感が湧きませんが、一度外国に出てみると、日本の経済力のすごさをまざまざと知るわけです。
私のように水道水が臭いというのは当然である関西生まれの人間からすると、富山の水の美味しさは格別です。しかし、富山の子供達は、まさか自分がミネラルウォーターのプールで泳いでいるとはついぞ知りません。
また、交流のもたらす意義は、他者との比較の機会を生み出すことだけにとどまるものではありません。国土庁が、96年度中を目途に策定を予定している新しい全国総合開発計画について、その基本的な考え方を示した“21世紀の国土のグランドデザイン”(昨年12月公表)では、
今後は人口減少地域が拡大していくものと見込まれることから、各地域における人口の定住促進を図るとともに、他地域との交流に着目した「交流人口」の考え方に基づく施策を展開することも重要である。旨が述べられており、交流の促進が今後の地域活性化の鍵を握るともされているのです。
要するに、交流を促進し、地域の活性化を図るとともに、幅広い視野の中で他者と比較し、自己を相対化する。そして、改めて郷土の有する価値を再認識し、誇りを持つことが今後求められるのではないかということです。
このシンポジウムは、昨年11月本県のインターネットホームページの開設に伴うバーチャルシンポジウムとタイアップして行われたものです。バーチャルシンポジウムは、インターネットの持つ双方向性を最大限に活用し、県民の県政への参画という観点から、本県の最重要課題の一つである人口問題に対する県民の意見表明、さらには意見交換を試みようとしたもので、全国初の試みとして、日経新聞全国版、NHK衛星放送でもとりあげられ、御覧になった方もいるかと思います。
さて、このシンポジウムにパネリストとして御参加いただいた八尾町出身のWAHAHA本舗の看板女優、NHKテレビ「週刊こどもニュース」のお母さん役でお馴染みの柴田理恵さんから、次のような意見が出され、会場から多くの賛同が寄せられました。
指標に表われるハードが充実しているにもかかわらず、それに満足を覚えていないということならば、その使い勝手や使い心地に問題があるのではないかというわけです。即ち、機能主義一辺倒ではなく、施設の立地環境と快適さなどの精神的な満足度の向上が、課題として残っているということです。
つまり、指標化されている豊かさの中身というのは、これまでの価値観から見たものであって、必ずしもそれらが将来にわたってそのまま豊かさを構成する主要な要素であるとは言えないのではないかということです。
実は豊かさ日本一をされている本県が、最下位も含めて全国的にかなり低位に位置している項目として(表)、
などがあります(実は高校野球や駅伝などマスコミに良くとりあげられるスポーツに弱いのも頭痛の種です。)
経済のサービス化、女性の社会進出、交流人口の増加といった新たな時代潮流に鑑みると、本県においてそれらの項目が低位にあることの意味は、重く受け止められる必要がありそうです。
また、項目中、「持家比率」や「老人クラブ加入率」などの全国第一位は誇りにできることではありますが、仮にその背景に、家を持ったり、老人クラブに加入するのが当然だという常識、それが転じて社会的なプレッシャーが存在するのだとすれば、個の確立、多様なライフスタイルの実現という点からは歓迎できることではありません。
つまり、旧来の豊かさ観だけに拘泥せず、時代に応じた多様な豊かさ観を許容し、さらにはそれを追求していくことが大切だということです。
確かに、「豊かさ」日本一とされることは喜ばしく、有難いことであり、この「豊かさ」を築いてくれた先人達に感謝しなければなりません。しかし、中沖知事がよく言うように、これは、いわば横綱不在の中での日本一であり、決してこれに甘んじてはいけないと思います。
今後は、横綱在位の中での日本一を目指し、県民一人ひとりが豊かさを実感でき、また、他県の人も富山県に行きたく、また住みたくなるような県にすること、すなわち「住みよい県」から「行きたい県、住みたい県」にすることに、ますます努力していかなければならないのです。
そこで、次回は、こうした「豊かさ」日本一を築いてきた富山県の軌跡、そしてその中で培われてきた本県の特性を、富山県、その過去として眺め、今後の県づくりの方向を考えていく際の縁(よすが)にしたいと思います。
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